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2013年7月 3日 (水)

【20130703】面接で語る

7月は相も変わらず暑い。

そして7月は相も変わらず教員採用試験の直前期である。
どのぐらい直前かというと、年の瀬でいえば、そろそろ紅白歌合戦が始まり、来るべき始まりに備えて街もしんとしずまりかえる時ぐらい直前である。

とすると、教員採用の講座や面接などの仕事のオファーも増えるわけで、採用試験終了後に激減するであろう仕事のオファーに怯えながら、とりあえず今稼げるものは全部稼いでおこうとするのは委嘱講師の悲しい性ともいえるし、一種の生き残り戦略ともいえるかもしれない。

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仕事前にスタバのロゴと向き合ってみる。

そういった立場上、教員志望者のカウンセリング(本格的な心理カウンセリングではない)に関わることがある。細かい内容は当然のことながらここに書くことはできないが、カウンセリングの中で教員採用試験の難しさというものを度々目にするのである。ここでいう難しさとは、教員採用試験もしくはその周辺で成立する資格産業が「努力をすれば誰でも教員採用に合格することができる」という前提で成り立っていることから生まれる難しさである。教員採用試験というのは、人物試験が重視されていることからもわかるように、極めて人間的で、はっきりとした客観的な基準を引くことができない性質を兼ね備えているからである。その難しさというものをいくつかに類型化してみよう。以下に示すものは、努力だけではなかなか変えがたい人間の根源やこれまでの生き様に関わる事柄である。

①明らかに教員に向いていない性格や雰囲気

 多様な教員が求められているのは事実だが、どうしても性格や雰囲気で損をしている人がいる。人前で話すのにどもってしまったり、内向的な性格であったりと。。そして一番母性的な関わりかけが求められる小学校教員志望であったりする。

②志望動機に教育的妥当性がない

 今の仕事が嫌だ、なんとなく人生の行き先を求めているというような動機が根底にある人もたまにみかける。もちろん表面には出してはいないが、話ぶりや話のロジックで多くは透けてみえる。結局は自己(欲求)との対話を繰り返し、理想の自己像と現実の折り合いをはかる必要がでてくるが、一教育機関のカウンセリング程度でそこまで介入することはできない。

③教師という仕事を塾講師と勘違いしている

 自分の専門性(語学が多いが)を子どもたちに伝えたいという動機を持っている人が多いが、「教員の仕事はそれだけではないですよ」と僕はいつも付け加える。子どもの人間的発達に関わる重要な役割を担うのであり、そこをもう少し自覚する必要がある。そういう人に限って、「筆記は完璧なんですが、勉強方法が間違ってるんですかね?」という質問をしてくるのだ。

20130627_181700講義前の控室。広すぎ。。

そしてなぜか写真が横に向くので、今日はここで終わりにしようと思う。

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