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2013年6月26日 (水)

【20130626】ブログで語る

このブログで心機一転、何かを語ってみようと思う。
(新たに何かを語ってみたいという想いから、これ以前の記事は全て削除させてもらいました。)

思えばこのブログをつくったのは2005年、はや8年の年月が過ぎ去った。
「風と共に去りぬ」とは言うが、僕の8年は何と共に過ぎ去ったのだろうか。

・・・・

でも、過ぎ去った後に残る微かな残り香というか、じーんとしみいるような哀愁であるとか、そういったモノがあるからこそ、「過ぎ去った」という事実に彩りが加えられるのである。

シュワちゃんは”あいるびーーーばっっく!”という名台詞は、それまでの活躍があるから感動を誘うのである。他の登場人物にそこまでコミットしてなければ「どうぞご自由に」といったところであろう。

残り香というものが、他者へのコミットの結果だとするならば、どんな他者に、どのようにという問題が出てくる。

mixiやFacebookなど他者とかかわれるツールは多くあるが、どうもその内輪性というか内集団(人によって範囲は違うが)に対して「承認」のみを求める、もしくは内集団の「承認」のみを良しとするゲームに少し飽きてきたこともある。

ああいったSNSは度合いの違いはあれ、不特定多数の他者への「開放性」と繋がってる仲間同士の「閉鎖性」が絶妙に混在している空間である。だからこそ良い面もあれば、だからこそ視野狭窄に陥り、結局何がしたいんだろってことにもなりかねる。

何事も使い方次第なのだろう。

先日、夕方のニュースの特集で、数年前まで研究室で同期だったフィンランド人がイノベーションを起こすためのソーシャルビジネスを啓発する団体をたちあげたと紹介されていた。

僕の第一印象は「こんなところで何してるねん!」というものだったが、oxfordに戻らずに日本で健闘している姿、「社会学者」と名乗り、その専門性を社会に還元しようとする姿は、やはり北欧で生まれ育ち、イギリスで学問を修めた彼のアイデンティティがそのまま表れているのかもしれない。

とにもかくにも、「つぶやく」だけではなく、「語る」ということもしたくなったわけなのです。

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コメント

さとしさん

早速のコメントありがとうございます。

そうですよね、こういったことをつらつらと書けるのは、やっぱり読み手が漠然としてる方がいいですよね。

内輪的な他者への配慮が強く求められればられるほど、一般的な他者への配慮がすり落ちるというか、濃淡がより鮮明に際立ってしまうんですよね。

それはmixiの開放性と閉鎖性のバランスゆえだと思いますが、度合いは違え、facebookもtwitterも同じ構造を持っています。まぁブログや2ちゃんもそうですが。

ネットワーキングの面白さでもあり難しさでもあるんだと思います。

投稿: れつ | 2013年6月26日 (水) 19時28分

こんにちは。
れつさんは頭のいい方ですので
僕はこういう文章のほうを期待してす(笑)
mixiねー。確かに「承認」のみを求める
ゲームですよね。もうほんと本音は書けないし、なにかに対して批判も書けない。
無難なことばかりになってしまう。
そういう馴れ合いももちろん楽しいんですが、物足りなさも感じることがあります。
これを言うことで、誰かを傷つけてしまうんじゃないかとか、不快にさせてしまうんじゃないかとかいろいろ考えてしまいますね。
ほんとはもっと毒づきたいときがあるんですが(笑)匿名はいろいろ批判もされますが、
僕なんかは2ちゃんねるなんかのほうが人間らしさがでてると思います。

投稿: 悟志 | 2013年6月26日 (水) 18時28分

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